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蒔絵・研究日誌

「蒔絵博物館 高尾曜のホームページ」の併設ブログ。
日々の研究の活動報告、展覧会観覧記録や歴史の話など、つれづれなるままに書いています。
宮武慶之「中山胡民作寿字盃について」『人文』15号(学習院大学人文科学研究所 2017 3)

宮武慶之氏「中山胡民作寿字盃について」掲載誌が刊行されました。これまでほとんど知られていなかった、吉村観阿の後妻、観勢について研究されています。中山胡民作「寿字蒔絵盃」、「立鶴香合」を中心に論じられています。吉村観阿と観勢、そして越後新発田藩主溝口直諒、中山胡民との関係については、これでだいぶ分かってきました。しかし、胡民については一層謎が深まった感もあります。

| 新刊 | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
愛知県西尾市板倉家菩提寺 万灯山長圓寺文化財総合調査報告書
先日、『愛知県西尾市 板倉家菩提寺 万灯山長圓寺文化財総合調査報告書』が届きました。解説編、目録編上・下の3冊からなる大部です。この報告書での漆工分野での最大の新発見は、悉皆調査によって初代山田常嘉とその父の合作ともいうべき、達磨蒔絵硯箱が発見されたことです。カラーの図版入りで小池富雄先生が解説されています。私も昨年、実際に調査させて頂きました。この硯箱は常嘉の父が寛永年間に板倉重矩のために製作し、重矩が30年余り愛用したのち、常嘉に父の形見として下賜されたものです。その後常嘉が十余年所蔵していたものを、重矩の菩提を弔うために常嘉が蓋表に由緒を蒔絵して板倉家菩提寺の三河西尾の長圓寺に奉納したというものです。
 これまで初代山田常嘉の作品は1件しか確認されておらず、江戸前期の在銘作品がほとんどない時代の、奉納品ゆえに在銘である極めて貴重な作例です。そしてそれにより山田常嘉の前名が、これまで伝えられていた寺田常嘉ではなく、寺西常嘉であることも判明したのでした。これは非常に大きな発見です。

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| 新刊 | 21:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
『漆工史』37号 刊行
漆工史学会総会が行われ、『漆工史』37号が刊行されました。今回は、「梶川家の文献研究 ―新出史料の由緒書と菩提寺・家伝史料を中心に―」を投稿し、採択されました。東京国立博物館国立公文書館内閣文庫多聞櫓文書に発見した2本の由緒書の全文翻刻を載せました。さらに元祖情報屋とも評される『藤岡屋日記』に出ていた、幕末の11代梶川徳三郎遊女橋立の身請に端を発して自身の墓所で切腹して果てるという衝撃的な事件を紹介し、そこから梶川家の菩提寺千手院とその墓所を発見したこと、さらに武鑑やその他の断片的な資料を総合して、居所の変遷、兼業していた御箔屋についても考察しました。
 漆工史37号にはその他、
岡田文男「東大寺二月堂修二会に用いられた木鉢(飯器)の材質・塗装構造よりみた製作年代」
桑原康郎「永仁六年銘東大寺二月堂練行衆盤について」
荒川浩和「兼葭堂本『髤飾録』書下し(一)」

の3本の論文が掲載されています。
| 新刊 | 23:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
『LAC LACQER LAQUEST』
創業1910年のロンドンにある老舗東洋美術商、シドニー・モス商会から新刊のカタログを送って頂きました。カタログと言っても、厚さ3.8cm、351ページ、ハードカバーの超豪華本です。欧米の超高級美術商の中にはこのような、豪華商品カタログを作るところが結構ありますが、この厚さはなかななかありません。印籠125点、香合7点、硯箱等3点、合計135点の作品が掲載されています。
 モス商会は、私が研究を始めたごく最初の1993年の夏に訪れたことがあります。当時も多くの印籠がありました。それ以来、全く交流はなかったのですが、去年の秋頃から、HPの私のメールへこれまで私が発表した研究に関する多くの問合せをもらいました。この問合せに回答する形で作られた古満派の論文が今回のカタログに出ています。欧米では誤った古満派の系譜が流布しており、今回は私の「近世蒔絵師銘鑑」や蒔絵博物館に掲載している正しい系譜、伝記が新説として紹介されています。新説といっても、私は1995年に発表しているので(2005年に一部補訂)、特段新説でもないのですが、海外の定説はなかなか正されないので、今回のこの論文で真説が広く世界に紹介されることは、喜ばしいことです。カタログの注文は下記のサイトへ。

SYDNEY L. MOSS LTD のホームページ


『LAC LACQER LAQUEST』Sydney L.Moss, Ltd. 2014
 
JUGEMテーマ:アート・デザイン
| 新刊 | 22:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
「史跡 島原藩主深溝松平家墓所」愛知県幸田町
今年の3月に国の史跡に新たに指定された、島原藩主深溝松平家墓所の新しいパンフレットが送られてきましたのでご紹介します。愛知県額田郡幸田町に所在する松平家の菩提寺で、領地からも江戸からも遠い墳墓の地に継続して埋葬されるという、近世大名家でも特殊な葬送儀礼がある点でも重要とされ史跡になりました。特に菊壽印籠など先年の発掘によって出土した松平忠雄の副葬品や寺への奉納品の悉皆調査も済んでその実態が明らかになりました。
写真は4年前に調査に行った時のものですが、広大な墓域で、築地塀も崩れたままになってしまっています。このご時勢、一寺院で保存していくのは困難です。史跡に指定されたことで、整備、保護されていくことでしょう。




 
JUGEMテーマ:日本史
| 新刊 | 09:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
加藤寛『図解 日本の漆工』
元鶴見大学教授加藤寛先生の新著です。初めて学ぶ方にも解りやすいよう、写真だけでなく、お得意の絵も使って視覚的に解りやすく解説されています。東京美術から定価税抜1,600円です。
 

JUGEMテーマ:アート・デザイン
| 新刊 | 23:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
幸田町教育委員会 瑞雲山本光寺報告書
 2010年から参画してきた愛知県額田郡幸田町にある肥前島原藩主松平家菩提寺、三河本光寺発掘調査報告書文化財調査報告書が完成しました。 
 このお寺では、集中豪雨によって、島原藩主松平忠雄の墓石が傾き、修理のために発掘したところ、印籠小判が出てきました。私はニュースで知り、このブログにも書いたのですが、後にこの調査に私自身も参画させて頂くことになったのでした。
 2010年から4回ほど出張し、出土品と本光寺伝来品の調査を行い、今回の『松平忠雄墓所発掘調査報告 遺物編』「忠雄墓所出土の印籠」の項目を書かせて頂きました。すでに『漆工史』34号に、「島原藩主松平忠雄副葬品について -三河本光寺発掘の印籠類を中心に-」として速報を発表し、元禄期の常憲院時代蒔絵、印籠の好例とし、将軍綱吉からの拝領品の可能性を示唆しましたが、今回さらに研究を一歩進めてまとめました。
 その後の新たな知見としては、「寛政重修諸家譜」を全巻読破して、印籠の拝領事例をすべて抽出し、出土の印籠、特に菊壽蒔絵印籠が将軍綱吉からの拝領品である可能性がますます高くなったこと、さらに私見として無銘の出土印籠の作者推定を行ったことです。また近世大名墓発掘事例を調べ、出土の根付が、制作年代が確実な根付としては最古のものとしたことと、さらに初期の根付の形状の進化の過程を推定したことです。
 報告書は本日から、幸田町より一般にも頒布されます。

幸田町HP 島原藩主深溝松平家の文化財調査


瑞雲山本光寺松平忠雄墓所発掘調査報告 遺構編


瑞雲山本光寺松平忠雄墓所発掘調査報告 遺物編


瑞雲山本光寺文化財調査総合報告


瑞雲山本光寺文化財調査総合報告(目録編)
| 新刊 | 19:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
「山田常嘉の文献研究」を『漆工史』に発表しました。
 今年度の漆工史学会は、今日、MIHO MUSEUMで開催されていますが、諸般の事情で出席できませんでした。今頃『漆工史』36号が刊行されて配布されていることでしょう。私は36号で「山田常嘉の文献研究 新出史料の由緒書を中心に」を発表しました。史料を発見したのは1997年、論文を書き始めたのが2005年の大晦日でした。ずいぶん長い時間がかかってしまいました。
 1997年、当時民間企業に勤めていた私は平日に休暇を取ることが困難でした。昼夜連勤した翌日などであれば平日の昼間に時間を取れたため、そうした時間を利用して、ふらつきながら、図書館、資料館で調べ物をしていました。人間極限状態にあると意外に勘が冴えて思いもかけない資料を見つけることができます。そうして「近世蒔絵師銘鑑」を発表したのは1995年冬から1996年秋でした。しかし山田常嘉については系図由緒書がなく、歴代の事歴は全く不明でした。これはもう絶望的で、近世漆工人研究の上で最大の謎だととしか言いようがありません。明治以来誰も見たことがなく、存在するかどうかすら、誰も知らなかったからです。
 しかし私は諦めずに考え続けていました。そして、もし存在するとすれば、国立公文書館にあるとしか考えられない、と思うようになりました。休日に北の丸公園の休館している国立公文書館の前を通るたびにそう思うようになり、なぜか確信に近い思いを持つようになりました。
 その日は、国立近代美術館工芸館に用事があって平日に休暇を取っており、約束の14時より、なぜか30分早く竹橋の駅に着きました。そこで今日こそ国立公文書館捜索しようと思い立ちました。初めて館内に入り、2階に上がると、当時は検索端末もなく、冊子の目録しかありませんでした。迷わず多聞櫓文書の目録を取り、由緒書の目録をめくりました。入館して3分も経たない内に、梶川、古満といった御用蒔絵師の由緒書が存在することを確認し、さらに見慣れない職名の御差御鞘塗師山田幸之丞という由緒書の存在を知りました。私はこれこそが山田常嘉由緒書に違いないと直感しました。それは学生の時に、シカゴでニューヨークのディーラーに「常嘉(花押)」銘十二支蒔絵の拵を見せてもらったことや、『東京名工鑑』に記載される当時67歳山田常嘉が、印籠の他にに蒔絵をしていた経歴などを連想したからでしょう。目録を確認したところで請求番号を控え、工芸館に向かいました。用事を済ませて国立公文書館に戻り、はやる気持ちを抑えつつ史料を請求し、出てきたものは、まさしく幕末当時の由緒書で、先祖山田常嘉との記述を見つけました。それは幕末に幕府に受理されてから、事務的にすら全く開かれたことがないものでした。公文書館ですら、目録化のために冒頭しか開いていないようでした。展じてゆくと、虫食いでつながった紙が、ペリペリと音を立てて剥がれて行きました。130年間、誰一人として開いたことがないと思うと震えました。
 その内容は詳細で、驚愕すべきものでした。おおよその内容をメモし、当時は業者によるマイクロ複写しか方法がなかったので、複写申請をしました。その日申し込んだのは、山田幸之丞、古満清兵衛、梶川鉦太郎、関数馬、小林八十吉、野村忠兵衛の由緒書でした。
 これらは本当に大発見でした。幕臣の由緒書ですら現存しているのは一部で、御用職人もほんの一部が現存しているに過ぎず、山田常嘉の由緒書が残ったのは奇跡です。しかし考えてみれば、最もあるべき場所に、公然と所蔵されていながら、よく誰にも気が付かれずに、私が見つけ出すのを待っていてくれたとも思います。
 この発見は2人だけには、存在を密かに知らせておきました。万一発表前に死んでしまったら、この先数十年、また誰にも気づかれないといけないので、万一の際には代わりに発表してくれそうな方に。1人は徳島城博物館の小川裕久氏で、もう1人は『武士の家計簿』を出す前の磯田道史氏でした。しかしだいぶ時間はかかりましたが、めでたく今日、論文として刊行されました。
| 新刊 | 14:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
「狩野栄川院と徳島藩の画人たち」展図録(徳島市立徳島城博物館)
徳島市立徳島城博物館から「狩野栄川院と徳島藩の画人たち」展図録が届きました。小川裕久「狩野栄川院典信雑考」と図版作品解説、高尾曜「狩野栄川院と飯塚桃葉」からなります。いずれも新しい切り口で、これまでにない狩野栄川院像に迫っています。購入は徳島市立徳島城博物館まで。

「狩野栄川院と徳島藩の画人たち」


図録
 
| 新刊 | 13:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
『柴田是真の植物図』光村推古書院
『柴田是真の植物図』という新刊が出たようなので取り寄せました。B6版の小さなサイズです。明治宮殿の天井下絵全図と、「桜花百色」写生帖の中から植物図が掲載されており、2005年東京藝術大学大学美術館「柴田是真−明治宮殿の天井画と写生帖」展の拡大版のような本です。見たことのない写生帖のページもあります。薩摩雅登「柴田是真ー十九世紀日本の巨匠−」と横溝廣子「柴田是真の明治宮殿千種之間天井画下絵」が寄稿されています。

| 新刊 | 08:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
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