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蒔絵・研究日誌

「蒔絵博物館 高尾曜のホームページ」の併設ブログ。
日々の研究の活動報告、展覧会観覧記録や歴史の話など、つれづれなるままに書いています。
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籬菊螺鈿蒔絵手箱図(鎌倉国宝館蔵)
 このブログがきっかけで新たな発見につながる、ということがよくあります。何年も経った後でも、ネット検索で引っ掛るからで、これはインターネットの普及のおかげです。
 2007年9月22日の蒔絵研究日誌鎌倉国宝館「籬菊螺鈿蒔絵手箱図」のことを書きました。この絵図が展示されているという情報を聞いて、鎌倉まで展示を見に行き、解説文に「幕末に柴田是真らによって手箱の修理が行われており、この時に写されたものかもしれない」と書いてあるものの、是真筆は違うのではと疑問を呈しました。ほかの本でも柴田是真筆としたものが過去にありますが、前から怪しいと思っていました。
 これについて一年以上前ですが、鎌倉市から調査を委嘱された東海大学馬場弘臣先生からメールを頂きました。鎌倉市がこの図について改めて調査を開始したのです。それからメールでやり取りをして判明したことは、絵図には「阿波国文庫」印のほかに「植松氏記」印もあり、巻末に漆で描かれた硯箱の図もあるということでした。さらに、もともとこの絵図が、鎌倉鶴岡八幡宮にあったものではなく、国宝館が入手したのは近年のことだということでした。それで近代の植松包美がこの手箱を模造していたことを急に思い出し、ほとんど謎は解明されました。
 もともとの手箱図は考えられていたよりもう少し古いようで、徳島藩主の蜂須賀家19世紀前半に作成させたと考えられます。「阿波国文庫」印はその時のものです。それが明治の後半には徳島から流出して、近代の蒔絵師、植松包美の所蔵となっていました。包美は巻末に硯箱の模写図も添えて巻子に仕立てて愛蔵し、それを元に手箱の模造もしたというわけです。柴田是真や中山胡民、小川松民は、この図とは全く関係ないことが明らかになりました。解明の過程で、北村昭斎先生、繁先生徳島市立徳島城博物館の小川裕久氏にも貴重なご意見を頂きました。御礼申し上げます。

詳細は馬場弘臣先生のブログをご覧ください。

→ 情報史料研究所ブログ
 

植松包美による手箱の模造
| 研究 | 13:59 | comments(0) | trackbacks(0) |









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